FC東京サポの妄想日記

FC東京サポがいろんなことに対して妄想を書いていきます!

続ああスレ違いと勘違い

筆者はメディアの人間でもなんでもないので、基本的には全て妄想だと思ってください。一応選手のコメントやインタビューなどから辻褄が合うようには考えますが

あと別に「フロントは全て悪」「大金立石は即刻解任」とか言うつもりは毛頭ありませんので。

 

 

さて前回→

ああスレ違いと勘違い - FC東京サポの妄想日記

 

の続編です。

前回の内容をまとめると

マッシモ就任は

 

 

「チームコンセプトをリセットするため」

「そのコンセプトとはボールポゼッション型ではなく相手にボールを持たせてのカウンター狙い」

「伸び悩む若手中堅の成長を促す」

のためで

 

フロントとしてはあくまでも

「若手を伸ばしてチームの土台づくりをする」ってことが目的

 

でした

 

それではスレ違いはどこから発生したのか〜

 

 

2.マッシモとフロントのギャップ

 

2-1.14開幕

さて14年になり新監督のマッシモフィッカデンティが来日しました。

元々Jリーグにも造詣が深かったようで、わりとすぐに日本に馴染んだように思えます。

体重と反比例してね

 

シーズン当初は土台づくりに苦しみましたが、それは当然でありフロントも覚悟の上だったと思います。予想外の部分ではカウンターからの得点も武藤というスペシャルな選手のおかげで、チームとして土台が固まる前でも得点パターンを作れました。

 

武藤は新入団でありチームとし育てたい若手選手の一人でした。この選手が短期間でものになったのもマッシモの指導が占めた部分は大きかったと思います。

 

ここまでにズレはありません。

「コンセプト変更」

「若手育成」

しっかり噛み合っています。

 

 

2-2.若手ってどこまで?

 

ところで皆さんが捉える「若手選手」って何才くらいまでですか?

私は「だいたい25才くらいまで」かなあって思ってます。

特に根拠はありません。

しいて言えば大卒3年目くらいまでは若手扱いかなあ

ってくらいです。

 

恐らくフロントの考える「若手」もこれに近いくらいだったと思います。

ですがマッシモの考える「若手」はこれよりもっと低い年齢だったのではないでしょうか?

 

年齢にすると22才くらいまでがマッシモの考える「若手」ではないのか?

なんとなくですがヨーロッパ基準だと「若手」ってこれくらいの年齢かなあと。

 

 

ここが一番のズレだったと思います。

前回も書いたとおりフロントとして育てたかったのは

米本、東、太田、渡邉千真14年まで)、河野、アーリア(移籍しちゃいましたね)

それから吉本、丸山(14年は湘南)、三田、林(14年途中レンタル)

あたりの選手だったと思います。

年齢で言えば当時2325才くらいまでの選手ですね。

 

ですがマッシモからすればその辺りの選手は「若手」ではなく「完成された選手」として見ていたと思います。ものすごく乱暴に言えば「大幅な能力向上は想定しづらい選手」であり、「この時点で出来なければ、今後その能力が大きく伸びることは無い選手」

であったかと。

 

当時のマッシモが「若手」として見ていたのは武藤、松田、幸野、野澤、橋本(14年は熊本)、囲、平岡、中島(14年より)

あたりで三田や東がギリギリだったと思います(おそらく15年あたりは若手として見ていないかも)。

 

マッシモは「若手」を育てました。武藤を筆頭に松田もサブとして定着したし、橋本もレギュラー、野澤も14年序盤に怪我さえしなければレギュラー取れた可能性ありました。

 

ですがフロントが本来育って欲しかった層、つまり「中堅」の米本、東、三田、吉本、林あたりははっきり言って伸び悩みました。「中堅」で成長したのは太田、丸山、とギリギリ河野までかな。

 

 

2-3.ズレの顕在化

ここにフロントの求める成長と監督の狙った成長の齟齬が生まれたのではないでしょうか。このズレが表面化したのは14年後半もしくは15年序盤くらいだと思います。

 

15年序盤は選手起用もかなり固定してましたし、あくまでも印象ですが、選手に対しての要求も減っていたと思います。端的に言うと「出来ないことはやらせない」といったところですかね。

 

米本にはボール奪取専念させるかわりに展開力やコーチングなどは要求しない。

吉本は足元がおぼつかないからカニーニ獲得する。

など。

 

15年序盤に秀人に出番が少なかったのもコンディションもあるでしょうが、マッシモの求める展開力が水準に達していなかったからかもしれません。怪我するまで梶山をかなり重用してましたし。

 

フロントからすると

「あれっなんかズレてる」って思い始めたんでしょうね。

ボリュームゾーンの選手伸ばしてよ」って思ったのかも。

実際に指摘した可能性はあるでしょうが、「そりゃ今年結果出せなきゃ首なんだし」って言われればぐうの音も出ないです。

 

それと同時にチーム内序列についての懸念。

 

これは植田朝日さんの太田宏介インタビューにありました。正直どこまで信用して良いのか難しい内容ですが、「スタメン側から見た違和感」て考えるとある程度は信用できる内容なのかもしれません。出てない選手の愚痴でないだけに。

 

それ以外でも「このサッカーは結果以外に得られるものが無いので、とにかく結果を求めないといけない」とと言ったニュアンスのコメントをした選手もいました。確か羽生だったような。

 

この点については2年契約で結果を求められる監督からすれば、勝てる選手を使うのが当然であり、これらの出来事が全て事実であったとしても監督に異議はありません。

 

 

そしてもう一つですが、

そもそもフロントは1415年をコンセプト改革年であり、あくまでも土台作りとして考えていたことを最初に書きました。

 

そうした土台作りのために「若手と中堅」の成長を求めたのであり、それが達成できていないと判断を下したのではないでしょうか?

 

「武藤と橋本を育てたのにー」って意見もあるでしょうが、そもそもフロントが狙ったことがもっと上の年齢「中堅」を育てることであれば辻褄が合うように思えます。

 

 

2-4.そして城福体制へ

いずれにせよマッシモとフロントのズレは15年の終盤には修復出来ないところまで達していたと思われます。いや当初からズレていたと言う方が正確かもしれません。

 

そして年間4位が確定した時点でマッシモの契約延長の目はなくなったと思います。流石にCS出て優勝したら延長したでしょうし。

 

そして後任については

マッシモとのズレの要因であった「中堅」の育成に長けた

というか「年齢で成長するか否かを判断しない人物」

として城福監督がリストアップされたのではないでしょうか?

 

表向きには「攻撃強化」「選手の求心力」「守備面の実績もあり」を掲げていましたが、根っこの部分では「どの年齢の選手であっても成長を狙う」って部分に合致したからなのかなあと。

 

城福監督はというと育成年代の実績を挙げて「若手育成に定評がある」と書かれることが多いですが、今回の招聘はそこの部分ではないと思うんですよね。

 

インタビューでも「甲府時代に選手の成長に年齢は関係ないと気付かされた」と言ってましたし、フロントとしては中堅以上まで含めた育成を目的としてチームを託したと妄想しています。

 

ただそこに強調するとマッシモとの確執に触れざるをえなくなるので、落とし所として「攻撃強化」を掲げたのでしょう。恐らくクラブとしてはスローガンで「頂戦」してますが実際にはホップ(マッシモ)→ステップ(城福)のイメージではないかと。2年位かけて中堅選手含めて成長して城福監督後にジャンプのつもりかも。そう考えると合致するんですよ。

 

サポとしては3年目がジャンプのつもりだったでしょうが、恐らくフロントとしてはまだステップ段階だと想定しているかな。本当のジャンプはu-23からトップへ昇格組が出始める頃かと。

 

 

2-5.どうすればよかったのか

それは難しいですね。

しいて言えば最初から3年契約にしとけば良かったかなあと。

 

正直外国から来て日本で2年キャリアを費やすって、監督からすると結構リスク高いと思うんですよね。ヨーロッパからすればJは所詮アジアの1リーグでしかなく、そこで実績上げても、どこまでキャリアアップに繋がるか。環境面はともかく待遇だって中国以下ですし。ましてやタイトル取れるだけの選手が揃っているわけでもないし。

 

それならせめて監督がある程度安心できるように3年もしくは4年くらいの契約にして「結果は早急に求めないからとにかく育成重視」ってしとけばよかったかもしれません。ある程度長期スパンならマッシモだって即効性の高い「若手」だけだなく「中堅」まで育成の範囲にしたでしょうし。

 

ただこれも所詮結果論でマッシモ3年目がどうなったいたかなんて妄想するにしても不確定要素が多すぎですし。そもそもこんな短期間で「若手」が伸びるなんてのは13年オフの時点でわからんかったでしょう。

 

※13年オフの自分に「武藤が15年の夏に移籍金4億でドイツ行くよ」って言ったら

「はいはいワロスワロス」と返されるのがオチですよ。

 

フロントの16年の対外的目標設定自体がという部分はあります。しかしこれは表面だけではなくもっと根深い問題をはらんでいるとかと。ここについてもまた妄想します。

 

 

2-6.まとめ

長々と書きましたが結局のところ

「若手育成の面でフロントとマッシモの間にはズレがあった」

「そのズレは実は就任当初からあったのではないか?」

「城福監督招聘はその育成面のズレを解消するため」

ってところですかね。

 

ぶっちゃけここまで書いても

フロント姿勢については正しいのかどうか今もわかりません。

単純に「マッシモが扱いづらいから」とかでは無く

「違う部分の問題があったんじゃないか」ってのが今回の妄想のきっかけですので。

 

 

「前年より順位落ちてるんだから失敗」と言えばそれまでですが、そのセリフを言ってしまうと、フロントがマッシモに対して要求した「2年でバランスよく育成しろ」と同じ短期結果を要求することになりますからねえ

 

難しいもんです。

 

 

やっぱり

 

トランキーロ!

あっせんなよ!

が正しいと信じたいのですよ。